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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7291号 判決 1980年7月18日

原告 小野敦夫

右訴訟代理人弁護士 大畑浩志

被告 株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役 渡辺誠毅

右訴訟代理人弁護士 竹田準二郎

同 滝本文也

被告 株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役 平岡敏男

右訴訟代理人弁護士 和田誠一

同 高木茂太市

右和田誠一の訴訟復代理人弁護士 露木脩二

被告 株式会社大阪読売新聞社

右代表者代表取締役 栗山利男

右訴訟代理人弁護士 塩見利夫

同 山本忠雄

同 山口孝司

同 吉井昭

右塩見利夫の訴訟復代理人弁護士 東幸生

被告 株式会社産業経済新聞社

右代表者代表取締役 鹿内信隆

右訴訟代理人弁護士 熊谷尚之

同 高島照夫

同 中川泰夫

同 田中美春

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らはそれぞれ原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する昭和五三年一二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら全員)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告らは、原告にかかる恐喝被疑事件(昭和五三年七月一三日起訴、のち有罪判決確定)に関して、昭和五三年六月二四日付朝刊(大阪本社発行)により、原告の写真入りで、原告を暴力団の組員であるとして、次のように報道した。

(一) 被告株式会社朝日新聞社(以下、「被告朝日」という。)は、記事の見出しを、「耳より(な)情報実は組員」等とし、別紙(一)記載の記事(以下「本件(一)の記事」という。)のとおり報道した。

(二) 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日」という。)は、見出しを、「悪どい社長を逮捕」、「リンチ苦に自殺者も」等とし、別紙(二)記載の記事(以下「本件(二)の記事」という。)のとおり報道した。

(三) 被告株式会社大阪読売新聞社(以下「被告大阪読売」という。)は、見出しを、「組員逮捕旅で釣り青年酷使」等とし、別紙(三)記載の記事(以下「本件(三)の記事」という。)のとおり報道した。

(四) 被告株式会社産業経済新聞社(以下「被告産経」という。)は、見出しを、「強要組員逮捕」、「厳しいノルマ、自殺者も」等とし、別紙(四)記載の記事(以下「本件(四)の記事」という。)のとおり報道した。

2(一)  人が暴力団の組員であるか否かは、その人の名誉と信用にかかわる重要な事柄であるから、その被疑事件に関してであってもこれを報道することは、人の名誉、信用を毀損するものである。被告らは、前記のように、原告が暴力団の組員である旨報道したことにより、原告の名誉と信用を毀損した。

(二) また、他人を自殺させたか否かは、その人の名誉と信用にかかわる重要な事柄であり、しかも、右自殺者は、別の理由で自殺しているのだから、被告毎日及び同産経が前記(二)及び(四)の記事のように報道したことにより原告の名誉と信用を毀損した。

(三) 被告朝日は、本件(一)の記事の中で「班長が、白神組の者だ」と言った旨報道しているが、これは代表者である原告も白神組員であることを強調することになるから、この点においても同被告は、原告の名誉、信用を毀損した。

3  被告らは、故意又は過失によって、前記のように、人の名誉と信用を毀損するような報道をしたのであるから、原告に対し、次の損害を賠償すべき義務がある。

4  原告は、置物、貴石画等を訪問販売する東洋美術の代表者であったが、被告らの右不法行為により、名誉、信用が毀損され、このため多大の精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛を慰藉するには、各被告において、金二五〇万円の金銭賠償をすることが相当である。

よって、原告は、被告らに対し、損害賠償金各金二五〇万円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日である昭和五三年一二月一七日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否(被告ら全員)

1  請求の原因1については、各被告がそれぞれ原告主張の報道をしたことは認める。

2  同2ないし4は争う。

三  抗弁(被告ら全員)

1  本件の各報道は、いずれも公共の利害に関する事柄につき、専ら公益を図るためにされたのであり、しかも、その内容は、全部真実である。よって、被告らの各報道については、違法性がない。

2  仮に、そうでないとしても、被告らの担当記者が信頼すべき責任者からの取材、かつ、信頼すべき確実な資料に基づいて報道したものであり、しかも、その内容について何ら疑いを挾むべき情況もないのであるから、被告らが本件各報道の内容について真実であると信じ、かつ、そう信じるにつき相当の理由があった。すなわち、昭和五三年六月二三日、前記被疑事件の捜査を担当中の曽根崎警察署刑事課長前未三男が、被告らの担当記者に対し、本件報道と同一の内容を含むメモ(乙第一号証、丙第一号証)を交付したうえで正式発表したものに基づき、かつ、そのままに報道したものだからである。したがって、被告らの本件各報道には故意、過失がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が暴力団の組員であること、班長が、白神組のものだと脅したこと、東洋美術の従業員が殴るけるのリンチを加え、それを苦に一人が自殺したこと、四月二七日長崎県佐世保市内の旅館で、退社できないのを苦に販売員の一人が首つり自殺したことが真実であることは否認する。そのような事実はない。また、原告は暴力団の準組員ですらない。

その余の点は不知。

2  抗弁2は争う。

3  被告らの本件報道が捜査当局の発表に基づくものであるとしても、捜査当局は、原告が組員であるとは発表していないのであり、単に、暴力団組員である東洋美術の会長である島正一に原告が使われており、原告の売上げが暴力団の資金源になっていたので、原告も組員と同じとみてよいとするにすぎないし、たかだか準組員だというものである。

被告らは、当局発表の中の経過説明を無視し、たかだか準組員にすぎない原告を暴力団組員であると誇張・脚色などして報道したものであって、不法行為責任を免れない。

第三証拠《省略》

理由

一  被告らが原告主張の本件各報道をしたことは、当事者間に争いがない。

1  そこでまず、原告を暴力団の組員であると報道したことにつき検討する。

人が暴力団の組員であるか否かは、その人の名誉と信用にかかわる重要な事柄であるというべきだから、これを報道することは一般には人の名誉、信用を毀損するものということができる。仮に、その人の被疑事件に関連してした場合でも、組員であることが被疑事件の内容となっている等特段の事情がないかぎり、人の名誉と信用を毀損するものというべきである。

したがって、被告らが前記争いのない事実のように、原告を暴力団の組員であると報道したことは、特段の事情がないかぎり、原告の名誉と信用を毀損するものということができる。

2  次に、請求の原因2の(二)及び(三)について検討する。

ところで、新聞報道が人の名誉、信用を毀損するか否かは、その記載内容それ自体ばかりでなく、見出しの表現、活字の大きさ、記事の配置等、記事全体を総合し、通常の読者にいかなる印象を与えるかを基準にして判断すべきものというべきである。被告毎日の本件(二)の記事によれば、見出しを「リンチ苦に自殺者も」としたうえで、本文を「……ノルマを達成しない者には罰金を科したり殴るけるのリンチを加え、それを苦に一人が自殺していることもわかり、同署は小野、島の二人が山口組系白神組員であることから、……」としており、また、被告産経の本件(四)の記事によれば、見出しを「厳しいノルマ、自殺者も」としたうえで、本文を「……小野は、社員二十人を四グループに分け、それぞれ班長を付けて西日本各地に出張させ、ノルマは一日十点以上。早朝五時から起こし、路上に正座させてシゴき、ノルマを達成しない場合は旅館で乱暴していた。この事件は、A君がたまりかねて同署に届けたことから発覚したが、さる四月二七日には長崎県佐世保市内の旅館で、退社できないのを苦に販売員の一人が首つり自殺している。」としており、被告朝日の本件(一)の記事によれば、「ノルマが達成できない場合、夜に『反省会』が開かれる。旅館内で、班長が『おれは白神組のものだ』と脅し、なぐる、ける。」としていることは、前認定のとおりである。

人を自殺させたか否かは、特段の事情がないかぎり、その人の名誉、信用にかかわる重要な事柄であるというべきところ、本件(二)及び(四)の各記事は、その内容それ自体ばかりでなく、見出しの表現、活字の大きさ、記事の配置、前後のつながり等その全体を総合すると、原告がその従業員に対し、厳しいノルマを科し、それを達成しない場合、暴力を振い、リンチを加えて遂に自殺までさせるに至ったような印象を読者に与えるものと認められる。したがって、被告毎日及び同産経は、この点においても原告の名誉、信用を毀損するものということができる。

しかしながら、被告朝日の右記事は、班長が脅したと記載されているのみであって、班長が原告である旨を推認しうるような内容でもなく、また、記事全体を総合しても、右内容が、原告を白神組の組員であると強調するようにも一般的には認められないというべきであるから、右のような報道がされたことによって、原告の名誉、信用が毀損されるものということはできない(なお、後記のように、被告朝日が右の報道をしたことに故意、過失がないから、いずれにしても、同被告にはこの点についての不法行為責任はない。)から、原告のこの点の主張は理由がない。

二  そこで進んで、被告らの抗弁について判断する。

ところで、新聞により報道された内容が人の名誉、信用を毀損するようなものを含んでいる場合であっても、その内容が公共の利害に関する事柄であって、専ら、公益を図る目的に出た場合であり、かつ、その内容が真実であるか、仮に真実でなくても、報道する側において、それを真実であると信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったと認められるときには、その報道は、違法性を欠き、又は、故意、過失を欠くものとして、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

1  本件右報道内容が、公共の利害に関する事柄であり、その報道が、専ら、公益を図る目的でされたことは、明らかというべきである。

2  そこで次に、本件各報道内容が真実であるか否か、真実でないとしても、被告らがそれを真実と信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったか否かについて判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、置物、貴石画等を訪問販売する東洋美術の社長としてその業務に従事していたが、昭和五三年六月二三日、その従業員に対する恐喝被疑事件容疑で、大阪府警曽根崎警察署に逮捕された。同事件を捜査中の同署刑事課長前未三男は、右逮捕直後、同署記者クラブ室において、被告らの担当記者らに対し、自ら作成した「暴力団山口組系白神組々員が経営する粗悪美術商品出張販売業『東洋美術』自称社長の逮捕」と題するメモ(乙第一号証、丙第一号証)を配布したうえ、原告を恐喝被疑事件の被疑者として逮捕した旨を発表した。その際、同課長は、右メモ及びその他の捜査資料に基づき次のとおり発表したものである。すなわち、原告は、暴力団山口組系白神組の準組員であるが、一般的には組員と同じと考えてよい。組員か準組員かの区分けの判断基準は、警察においては、確定的な資料(杯事があるとか、奉名帳に記載されているとか)がある場合には組員とし、そうではなく、単に組員と密接不可分な関係(組事務所に出入りしているとか)があるにとどまる場合には準組員としている。原告は、昭和四九年一一月ころから白神組の組員である島正一の下で働くようになり、東洋美術が昭和五二年三月に創立されたのちは、島は会長としてその実権を握り、原告は社長としてその実権を握るようになった。東洋美術の収益は、原告名義の銀行口座に振込まれ、その届出印は島のものであって、右収益は白神組の資金源となり、原告はその手助けをしているもので、両者は非常に緊密な関係にある。そして、原告にかかる恐喝被疑事件も暴力団の資金源をめぐる事件であるとして警察では捜査を進めている。東洋美術は、地方都市を巡回し、置物等前記商品を各班に分れて訪問販売しているが、日刊アルバイト情報という雑誌には東洋美術をあたかも高給優遇する会社のような広告を出して従業員を募集しておきながら、実際は、過酷な条件下で粗悪美術品を販売させていた会社である。給料も固定給ではなく厳しいノルマを課し、ノルマを達成できないとかえって借金が増えるような仕組になっており、しかも、ノルマを達成しない者や退社しようとした者には暴力を振ったり、リンチを加えたり、白神組がバックについているなどと脅したりしていた。そのためこれを苦に昭和五三年四月二八日ころ長崎県下で従業員の一人が自殺している。というものであった。

被告らの担当記者は、右のような刑事課長の発表に基づき、しかも右発表について質疑したうえで、何ら疑いを容れる情況も認められないとして、右発表を真実と信じてそのままに記事にして本件各報道をした。

以上のとおり認められる。

右事実によれば、本件各報道は、原告にかかる恐喝被疑事件に関して、原告の逮捕直後、その捜査担当の刑事課長から記者に対してされた公式発表に基づいてされたものであることが明らかであって、その内容も右課長の発表のままであり、しかも、発表の際、同課長から交付されたメモに基づき、また、同課長に対し質疑等して事実を確認したうえで記事にされたものであることも明らかである。そうすると、もともと暴力団及び組員ないし準組員の認定は、一般的には必ずしも明確でなく、その認定判断は、第一義的には警察のそれによるものとすることも肯認しえない訳ではないから、右課長から原告と組員である島との密接な関係を示されたうえ、原告も組員と同様にみてよい旨説明されたことにかんがみると、被告らの担当記者において、警察の発表のままに原告を組員としたことには何ら落ち度はないというべきである。

したがって、本件各報道の内容が真実であったか否かはともかく、少なくとも、被告らにおいて、捜査担当の刑事課長という信頼すべき責任者からの公式発表とメモという確実な資料に基づき、その発表のままに報道したのであるから、被告らには、本件各報道をするについて、その内容を真実と信じ、かつ、そう信ずるにつき相当の理由があったものというべきである。

なお、原告は、被告らが当局発表の中の経過説明を無視し、たかだか準組員にすぎない原告を暴力団の組員であると誇張、脚色などして報道した旨主張するが、被告らが原告を組員と報道するに至った事情は前認定のとおりであるから、被告らが発表の中の経過説明を無視し、誇張、脚色して報道したと認めることはできないことが明らかであって、原告のこの点の主張は理由がない。

したがって、本件各報道内容が原告の名誉、信用を毀損するような部分を含んでいるとしても、被告らにおいて、本件各報道が名誉、信用を毀損することにつき、少なくとも、故意、過失がないことに帰する。

よって、抗弁は理由がある。

三  以上の次第であるから、被告らには、不法行為は成立しない。したがって、不法行為責任があることを前提とする原告の本件各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤邦春)

<以下省略>

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